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戦国武将コース  6時間

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戦国武将コース絵地図

大徳寺 大徳寺
紫野・大徳寺。臨済宗大徳寺派の大本山です。ニックネームは
“茶面”現在塔頭25院有り、各院の茶室を合わせると29席を数え
ます。多くの戦国武将が眠っています。秀吉公が織田信長の葬儀を
行い柴田勝家との弔い合戦に勝った“総見院”石田光秀が眠る
“三玄院”小早川隆景が創建した“黄梅院”“聚光院”は利休の墓も
有る三千家の菩提寺です。“高桐院”は細川三斎とガラシャ夫人
(明智光秀の三女)が眠り、写真の赤い三門(金毛閣)は利休が
68歳の時に重層とし切腹をする破目になった雪駄履きの
利休雪見木像が有ります。
光悦寺 光悦寺
洛北の名刹・光悦寺。秋の紅葉に彩られる庭には大虚庵をはじめ
7つの茶席が有ります。竹を斜めに組んだ独特の光悦垣は、牛の
臥した姿に似ている事から臥牛垣とも呼ばれています。
1615年徳川家康は58歳の本阿弥光悦に対して鷹が峰の地を
与え、後、各種の工芸職人を集めて芸術村を営み、独創的な美を
生み出しその芸術は尾形光琳によって大成しました。
源光庵悟りの窓 源光庵鳥居元忠一党之霊位 源光庵
光悦寺の斜め迎えに有る源光庵は
悟りの窓=丸窓、迷いの窓=四角窓
で有名ですが、本堂の天井は“血天
井”です。1600年上杉景勝に叛意
ありとして徳川家康は伏見城を重臣
の鳥居元忠に託して上杉討伐に向か
う。石田三成らは伏見城は豊臣家の
ものと開城を迫ったが聞かず10日間
の激しい戦いとなり鳥居元忠軍1800
人余りが落城と共に多くの将兵は自刃
して果て、その時の血が飛び散った床
板を後に天井として祀って有ります。
詩仙堂 詩仙堂
徳川家康に仕えた石川丈山が90歳の天寿をまっとうするまでの
31年間隠棲した山荘です。現在は曹洞宗・丈山寺と言います。
武勇の家柄の丈山は、1615年の大阪夏の陣に参戦したのですが
家康が厳に禁止していた一番乗り=抜駆(ぬけがけ)をしてしまい
功を上げたにも係わらず禁令を破ったと言う事で蟄居を命ぜられ、
丈山は禄を辞して髪を切って妙心寺に入りました。庭園は、丈山好み
の唐様庭園で百花塢と言い百花を配した塢(どて)という意味です。
本能寺 本能寺
1582年6月2日、明智光秀は主君・織田信長を本能寺にて討つ。
現在の本能寺は1587年、豊臣秀吉により当地に再建されました。
本堂の背後に織田信長、信忠父子の供養塔と森蘭丸をはじめ
120余名の霊を祀った慰霊塔が有ります。
高台寺 高台寺
北政所が夫・豊臣秀吉の菩提を弔う為に建立した寺です。
秀吉の死後、家康は寺領1万3千石を与え北政所を庇護しました。
そのお陰で、76歳で没するまでの18年間、穏便に余生を過ごした
所です。小堀遠州が手がけた庭園に、お霊屋、開山堂、桃山城に
有った傘亭。時雨亭が有ります。
方向寺の鐘 方広寺
『国家安康 君臣豊楽』の銘で有名な“国家安康の鐘”が有ります。
高さ=4,5M 口径=2,8M 厚さ=30cm 重量=82,7トンで
知恩院、東大寺、四天王寺と日本4大梵鐘の一つです。
“鐘銘事件”豊臣家滅亡の原因となったこの鐘にまつわる事件です。
家康の名を引き裂けば国安し。豊臣を君となし豊臣の繁栄を楽しむ。
と曲解し豊臣秀頼を追い込み大阪冬の陣のきっかけとなった。


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